ダンスで防災を広げよう
素直に嬉しかった。初めての応募でまさか受賞できるとは思っていなかったので、驚いている。ダンスは“チャラい”、ダンスで防災なんて“ふざけている”という印象を持たれた経験もある。「本当に意味があるの?」とか「役立つの?」と聞かれることが多い。社会的に見れば防災とダンスは相容れないもので、新奇さは受け付けてもらえないのかとも思ってきた。だから、受賞は認められた証と受け止め、素直に喜んでいる。
活動は西日本豪雨の被害がきっかけで始まった。岡山は自然が災害少ない。「晴れの国」だとみんな思ってきた。ところが、西日本豪雨災害で大きな被害を受けて、岡山県内の防災意識が高まった。ダンスチームのリーダーを務める大学院生はインタビューの中で、自分はずっと防災には関わってこなかったけれど、あの時、家の周りが水浸しになって意識が変わったという。当時は大学生で、何も貢献できなかった。なかなか被災地に出ていけなかった。それがずっと後悔として残っていたそうだ。
半年後、こくみん共済COOP岡山推進本部で防災を広めている方々と知り合った。雑談の中で、ダンスで防災を広げるアイデアが浮かんできた。子どもたちを喜ばせる教材をつくるという目標ができた。
代表を務める学生が酒向先生と二人三脚で土台を作っていった。先生の教養科目の履修生や研究室の学生、ダンス部に話を広げていった。その後、代表学生は大学院でプロジェクトをベースにした学び(Project-Based Learning)を研究することになり、大学院生にもダンスと防災の活動を広げていった。今、メンバーは50人に増えた。
試行錯誤で作り上げた防災ダンス
防災の知識は全くなかった。専門家ではない。防災を専門にしている社会科の先生から防災を学び、最初にきっかけをくれたこくみん共済COOPの方と一緒に、地域での防災の普及啓発にとりくんだ。
いろいろな方々から指導していただき、学生同士で何度も話し合って教材を作り、コンテンツをためていった。もちろんダンスはオリジナルで、誰でも簡単に取り組める「防災」をテーマにした動きを模索した。音楽は、専門家の協力のもと、歌詞や曲調などはメンバーで考え、体を動かして学びやすいリズムについても試行錯誤を重ねながら完成させた。
ダンス初心者やダンスに苦手意識を持つ人でもとりくみやすい動きにしたかった。しかも、防災をテーマにしなければならない。ラジオ体操感覚のとりくみやすさをめざし、子どもだけではなく幅広い年齢層をターゲットにした。現時点では、こども向けと一般向け、高齢者向けの3種類があり、運動強度を変えている。将来は一つの作品の中でみんなが一緒に動けるようになれば楽しいとメージしている。
県内で活動を広げてきた
初舞台は、2019年12月、岡山で開かれた全国創作舞踊研究発表会だった。教員養成系の大学の学生が全国から集まり創作ダンスを披露する場だ。参加者は、体育の授業で使えるダンスや部活動でのダンスなどを競い合った。
オープニングセレモニーが防災ダンスの披露の場となった。岡山大学教育学部附属小学校の50人が踊った。本番まで、こどもたちは楽しそうに練習していた。昼休みや業間の休み時間に廊下で身体を動かしていた。大学生に1、2日教えてもらうだけ、動きを吸収していった。防災ダンスを見た方々からは、「感動した」という感想を多くいただいた。
その後、保健所とのコラボや幼稚園・小中学校・高校でのワークショップ、企業向けのレクチャーなど、産学連携の活動がどんどん広がっていった。
ダンスと防災に 正面から向き合う
学校教育現場では、新型コロナウイルス感染症の影響で対面での授業ができなくなった。それでも継続的に防災を学んでもらおうと、防災学習の映像教材を作成してYouTubeにアップし、それを教材にして学んでもらった。遠隔で何度も打合せて映像教材を作っていく過程は大変だった。素人が作る映像を飽きずに見てもらえるか、同時に防災についても学んでもらえるか、議論と試行錯誤を重ねた。私たちの活動が「踊って楽しい」だけで終わらないようにしたかった。だから、防災の研究にも力を入れた。
映像教材の課題は、どうやって双方向のやり取りを実現するかだ。一方的に映像を流すだけでは、踊っている人の顔が見えない。こちらの意図が伝わり切らない。体を動かすダンスの楽しさを、画面を通してつながる遠隔システムでどう伝えていくかが課題だ。遠隔システムを使ってリアルタイムでワークショップやレクチャーができないか、研究している。
活動の場はまだ岡山県内に限られている。全国で様々な防災活動をしている個人・団体とつながり、「ぼうさいPiPit!ダンス」を広げていきたい。